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グラフィティカルチャー最前線から、今知るべきアーティストを毎月紹介 Vol.13
UPDATE: 2014.11.14

グラフィティカルチャー最前線から、今知るべきアーティストを毎月紹介 Vol.13

毎号グラフィティシーンの最前線で活躍するアーティストにスポットを当てて紹介していく連載《BENCHING On The Cutting Edge》。今回は、その連載で紹介したアーティストの特別インタビューを掲載。ぜひ誌面とあわせてチェックして、グラフィティの現場の空気を感じ取ってみて下さい。

今回のPick Up Artistは
Kofie コフィー
http://keepdrafting.com/

このインタビューは2年ほど前にKofieが東京でのミューラル制作のために来日した際に行ったものだ。世界的なミューラルアーティストであるKofieのリアルな言葉と彼の内面や制作のメソッドにまで触れているこのインタビューは他のメディアでは読むことのできない貴重なものである。
このインタビューはグラフィティやストリートアート/ミューラルアートに関わるすべての人と、それらを愛するファンの方々にとって大変重要で興味深い言葉で溢れている。彼の映像作品やドキュメンタリームービーを織り交ぜながらインタビューを楽しんでいただきたい。
Translate&Interview_SCHOKO TANAKA
Supported_MONTANACOLORS JP 
http://montanacolors.jp/

ー以前にも来日したことがあるそうですが、今回は何度目ですか?
KOFIE(以下、K):多分11回目くらいかな。それか12回目かも。もう数えきれない(笑)。

ー日本は好きですか?印象はどうですか?
K:日本が好きかって?大好きだよ。もともと東京の友達の仕事で来日していたんだ。その友達の会社で「DRAFTSMEN」っていうレーベルをやってて、ボクがアメリカでデザインを作ってた。最初に彼らとプロジェクトを立ち上げるときからずっと一緒にやってたんだけど、彼らはその後も頻繁に日本に呼んでくれて、1年に1回ぐらいの頻度でライブ・ペインティングをやったりイベントに参加したり、Tシャツを作ったりしてた。彼らのやってたことが普通とはちょっと違うユニークなアパレル系のプロジェクトだったのは、アーティストとしてのボクを起用してくれたから。それがなんだかんだ8年くらい続いて、Tシャツはもうやってないけど、今はもっとファイン・アートの方を意識してやってるかな。だから前回と今回の来日はアーティストで”Kofie”として来てる。あとは他の仕事で呼んでくれたりもして、そうやってこっちに来て絵を描いて、自分のアートをやる。こんな感じで日本との関わりはずっとあって、ボクにとっては出身国以外で、はじめてボクの作品を認めてくれた国で、それがアーティストとしての自信にも繋がった。

ー日本が「アーティスト」として、はじめて訪れた国だったんですか?
K:うん、今まであまり旅行したことがなかった。アーティストとして稼ぐようになってからは最初の国だね。毎回ここに戻ってくるときは、いつも仕事関連のことで、個人的な旅行とかじゃなく仕事で来てたから、それもすごくよかった。日本とは長い歴史があって、いろんなプロジェクトをやったり、いつも友達を通してだったり。

ーグラフィティ/ミューラルをはじめるキッカケはなんだったんですか?あとアクリル、油絵、スプレーなどいろんな技法を使ってますが、その中で1番好きなのはどれですか?
K:1番のお気に入りというのはないけど、その質問の意味はよく分かるよ。多分、今まで自分がやってきたことをさかのぼると、”Kofie” っていう名前を描き始めたのは93年頃。来年で20周年を迎えるよ。それでDRAFTSMENの方は10年くらいやってる。最初の頃にやってた”Kofie”っていうのは自分のなかの表現の仕方の1つで、それにインスパイアされていたし、だんだんそれが好きになっていった。いろいろスプレー缶で試してみて、今もグラフィティ・アートシーンに関わってるとは言えるけど、今はもう情熱的だった時代は過ぎて、少し落ち着いたロマンチックな関係でいる感じかな。もうゴリゴリのVANDALISMはやってない(笑)。その頃からファイン・アートもやってたけど、今はそっちの方が目立ってきたかな。バランスが大事で、ミューラルも好きだけど、スタジオで制作するのも好きで、この2つはスケールが違ってくる。ボクが両方好きなのは二つとも正反対だからだと思う。でも、この大きいスケールのミューラルが、スタジオでの制作に影響を与えてるから、本当に両方なんだよね。どっちが1番好きか言えないのは、どっちも好きだからで、ミューラルはミューラルを制作すること自体好きだし、スタジオから抜け出せるのも気分転換になるし。だからどっちも好きで、どっちかなんて選べないね。

ーミューラルは1993年からはじめたんですか?
K:まぁね。でもミューラルでいろんなスタイルを試しはじめたのは2000年になってからだけど。そのときからレタリングとか、正統なグラフィティ・スタイルよりも形とかいろいろ描きはじめた。2002年に、はじめて日本に来たね。だからそれからもう10年以上たった。

ーその頃の憧れのライターや、影響を受けた人はいますか?
K:その頃、いっしょにつるんでた友達や、クルーのメンバーかな。あとは出身がLAってこともあって、もうそこはアートカルチャーが溢れてる街だったから、そのとき知っていた、いろんなアーティストからも影響受けてたよ。今では彼らをボクは実際に知って友達だったりして、ボクのやってることを気に入ってくれたりするからすごく不思議だよ。元々はファンだったのに、今は一緒に活動したりできて、そのうえ、自分が尊敬してる人たちが逆に自分のことをリスペクトしてくれてるんだ。LAのアーティストには常に影響受けてて、あとはヨーロッパのグラフィティ・ライターたち、あとは過去や自分のコミュニティー内のインダストリアル・デザイナーや60、70年代の建築家たちとか。だから特別、1人から影響受けたわけじゃないけど、ボクがいつも影響受けるのはその人のアートワークや仕事から何かを感じとって、ボクもやりたいって思わせるような、どうやってこの人はコレをやったんだろう、自分だったらどんな風にコレを作ったんだろう、とかって考えさせられる人かな。で、世の中にはたくさんのアートがあるけど、全部がボクたちに伝わるわけじゃないから、何かが伝わったとき、そこには絶対何らかの理由がある。ボクは子供の頃からそういう時に、どうしたらこれを自分バージョンで作れるだろうって常に考えてた。その答えが出なくても、とにかく模索してた、そんな子供だったし今でもそう。例えばファッションで何か面白いと思ったものを見つけたら、自分だったらどうやるかな、例えやれるチャンスがなくても、それで稼ぐわけじゃなくても、ただそうやって作業して、いろいろ試してみるのが好きなんだ。解答、長いね(笑)。

ー今、お気に入りのアーティストはいますか?
K:Jaybo Monk。彼はフランス生まれの、ベリルンを拠点としてるアーティストだよ。気に入ってるアーティストは実際に面識ある人だったりすることが多いんだけど、彼も友達で、以前から作品は知ってて、ある日会えることになったんだ。一緒にアート・コレクティブに参加したり、最近LAでエキシビションをやったりもした。彼は本当に、本物のアーティスト。アートの話をするし、それをシェアするんだけど必ずしも彼自身の作品じゃなく、他のことだったりインスパイアされた別のアーティストの作品だったりする。若い頃はグラフィティもやってたけど彼は別にライターじゃなくて、むしろスプレーとかアクリルとか、ミックス・メディアを使って具象、抽象的なものを表現するお気に入りアーティストの1人だよ。多分日本にはまだ来てないね。でもボクは彼の作るものにはいつも満足感を得られるんだ。彼はボクが「次の作品はまだか」って楽しみにしてる数少ないアーティストの1人だよ。まだ会ったことないけど好きなアーティストももちろんたくさんいるけど、彼はとにかくもっと注目されるべき人物だね。

ーありがとうございます。では日本人アーティストで誰か頭に浮かぶ人はいますか?
K:あ、それちょっと心配してたんだ。なんでかっていうと、こっちで会った好きな人も何人かいたんだけど8年ぐらい前のことだから、当時やってたことは好きだったけど今でも活動してるのかどうか分からない。名前を覚えてたらなぁ。

ーすみません(笑)。誰かいるかな?って、ちょっとした好奇心で聞いたみたかったんです。
K:いることはいるんだよ、ちょっと名前忘れちゃったけど後で調べるよ。日本人でキャラクターとかをやってる・・・Dragon76。彼はすごいよ、過去に彼ともコラボした。作品が本の表紙に載ったりして、彼の作品は好きだったな。あとはグラフィティだと、とにかく早いタグをやってたZYS…。

ー彼は今ファイン・アートをやってるんですよ。ライフスタイルも変わって、作品も人気があります。
K:あ、そうなの?もうボムはしないのかな?ボクが前来てた頃はよく彼のボムや円やスプラッシュとかいろいろやってるの見たよ、とても表現的で。あれ良かったよね。何回か本人にも会った気がするけど、他にも誰かいたんだけどな。もう脳みそがちょっとどっか行っちゃった。

ー浮世絵とか、伝統的な日本の美術はご存知ですか?
K:ちょっと分からないな。ビジュアルで見れば、分かるかも。言葉で言われるより目で見て思い出す方が得意なんだよね。ボクを日本に呼んでくれる人たちもアーティストじゃなくてファッション関係がメインだから古いアートに関してはあんまり知らないんだよね。いつも「最新の物は何?」って聞かれるけど、ボクは逆に古い物とかにも興味がある。でも、その浮世絵っていうの見てみたいな。

ーLAのアート・シーンと、東京のアート・シーンを比べるとどうですか?
K:東京のアート・シーンは知らないけど、LAは結構いい環境だよ。ボクはアーティストとしてはちょっと変わってて、アートを作るけど、直接的なコネクションがある人や一緒に仕事したことがある人たち以外、あまり関わってないんだよね。アートシーンがいろいろ活発で、ギャラリーやショーやいろんなイベントがあるけど、人が遊びに行くようなイベントって感じだね。LAでは「アート・ウォーク」っていうのがあるよ。ギャラリーとかが集中してるエリア一帯でギャラリーを開放して、1晩限りではないけど、お客さんが来て、いろんなギャラリーを見て回るんだ。ワインを無料で楽しんだり、アートを見たり、たまには買ったりね。

ーアーティストたちもそういうときの、ギャラリーに来るんですか?
K:大抵はいるよ。普通は、オープニングの夜とかに来る。あとは、まぁ、どんな種類のアートかにもよるね。美術館みたいなエキシビションスタイルだとアーティストはあまり来ないし、そういうもんなんだけど、小さいギャラリーでやるローカルなアーティストとかをフィーチャーする展示会だったら来るね。多分LAと東京で違うなと思ったのは、LAの方がたくさんギャラリーがあって、もっとたくさんアートがあることかな。LAはそんな、いつでも何かが起こってる場所なんだ。多分。LAだったらKnown Galleryっていうところで展示したことがあるけど、すごくいいスペースだし、雰囲気もアーティストへの配慮もすごく良い。そこのギャラリーはTheSeventh Letterの人たちがやってるギャラリーなんだ。そこでも今年の始めに個展をやって、すごくいいレスポンスをもらったよ。LAでは数回しか展示したことなくて、サンフランシスコとか国外での方が多いね。だからあんまり提供できる情報はないかな(笑)でも東京のギャラリーにはまだ行ったことないな。ファッション関係の仕事で来てたからそういう機会もなかったし、最後にちょっと時間ができても行くチャンスがなかった。

ー東京の都心のグラフィティの数は、ヨーロッパやアメリカとくらべてどうですか?他国の大きな都市と比べると少ないという意見が多いですが、あなたはどう感じていますか?
K:環境とスペースの問題だよね。東京はメトロポリスで、住宅街も多いけど、LAとは違った街の構造をしてるからね。LAはこんなふうに横にのびてるけど、東京は限られたスペースの中に密集してるよね。だから土地があればあるほど、住宅街も産業地区も多い。LAではミューラルとかグラフィティは街中にあったり、たまに住宅街にあったりするけど、路地裏とか若い人たちが多いような場所にある。だからメルローズとか、ダウンタウンのアート地区とかだね。ミューラルをたくさん目にするのは若い人たちが多いからで、だんだんそれも受け入れられているんだ。だからミューラルがあればグラフィティもタグもスティッカーもポスターも大体全部見つかる。東京ではたまに1個か2個見るけど、個人的にはここがLAと同じようになって欲しくはないかな。ランダムに、ふとタグとか見るけど、こういうことをもう20年もやってきてるから、もう以前ほど街で見るグラフィティには注目しなくなってきた。もうちょっと、どうでもよくなってきた。よっぽどカッコよかったり、気に入ったやつだったり、それか知ってるライターのものじゃない限りね。とにかく数が多すぎるし、それを全部消化する時間もないし。だからこっちに来ると、ここではある建物を見て、なんにも落書きされてないくらいの方がいいんだ。それが美しいと思う。だからもうあまり気にしなくなってきた。でも周りの人はボクがグラフィティに、すごく気にかけてると思ってるみたいだから、それに対してちょっと罪悪感はあるけどね。特定のものは好きだけど、もう年だから全部にかまってられない。でもこっちに来るとなぜかグラフィティを見たくなって、そういう場所があったんだよね、横浜の近くだったかな。とにかくどっかに古い建物が密集してて、いっつもそこだけにピースが描いてあって、そこしか知らない。あとはネットで東京にあるグラフィティを見つけたとき、「ここは一体どこだ?」って感じでいつも疑問に思う。でも絶対、郊外だと思う、東京じゃないどこかだ。日本に何回も来てるけど、今まで1度もグラフィティのピースは描いたことがない。フルセットカラーで、ちゃんとしたのをずっとやりたいと思ってるんだけど、場所がないから。でもなんかそれもしょうがないと思えてきた。

ーイリーガルのグラフィティってことですよね?
K:イリーガルもやったことあるし、いろいろやったよ。よくやるのがフリーハンドの円を描くこと。それがボクがイリーガルでやってることかな。あとはタグとかスティッカーとかで遊んだりしてる。でもそれが目的でここに来てるわけじゃないからね、もう18歳じゃないし。

ー東京では壁を描くために許可を得るのが大変ですが、LAではどうですか?
K:比べるのは難しいと思うよ、全く別のルールや常識で成り立ってる街だから。LAは東京に比べたら赤ん坊みたいなもんだよ。日本の方がはるかに歴史が長い。ここでは物事のやり方のルールがあって、まるでシステムのようなんだ。その中でミューラルはまだまだ新しすぎる。ここではミューラルはまだ出てきてない感じだよね。その、伝統的なものとかおしゃれなものじゃない限り。ここでの常識だと、子供たちがスプレー缶をもって壁に絵を描くなんて常識外れの扱いをされちゃう。よほどプロフェッショナルか、ちゃんとした手順であれば可能だと思う。LAではずっとやってきたから。LAでは昔からミューラルはあったし、これからもある。LAは、昔はミューラル都市だったんだよ。今はもう違って、どこがそうなのか知らないけど、それはLAで今は壁画に関するトラブルとかがあって、今はグラフィティと昔ながらのミューラルをわけようとしたり、看板としての商業目的の問題とかがある。例えば、ある酒屋の壁に誰かが絵を描いて、そこに酒屋の名前を入れたとする。そうすると次のビジネスの相手が同じように名前入りの絵が欲しかったとしても壁がなかったら、フェアじゃないよね。そういうささいな問題が起こったりしてるけど、解決策を探してる。でもLAの方が土地が多いし、ミューラルの歴史もずっとある。東京では見たこともないから、考えもしなかった。許可をとったりするのも・・・この壁とか、実は鉄の板みたいなんだ。直に壁に描いてるんじゃないから、最初に板に描くって話が出たとき「いやいやいや」って感じでだった。今はその板に描いてて、それを壁にくっつけるんだって。壁には直接描くなってさ。マジかって思ったけど、しょうがないよね。日本人にはまだ新しすぎるっていうか、異質なことなんだね。でもちょっと罪悪感も感じてるのは、日本人のアーティストだってあんな大きいスペース使えないのに、外から来たボクがこんな大きい壁で描かせてもらうのって、なんかアンフェアだよね。でも、どうにかなるといいね。もしかしたら大阪の方がグラフィティ多いのかな?大阪とここは何が違うの?

ー大阪と東京では価値観や考え方に違いがあると思いますね。大阪の方がオープンだと思います。大阪に住んでいるグラフィティ・アーティストも多いですね。
ーあなたの作品の図形、幾何学模様や抽象的な美しさが目にとまります。そのスタイルを維持しつつ、他のアーティストと一緒にミューラルを制作する時はどういうことを意識しますか?最近メキシコでDhear & Smitheと一緒にミューラルをやったそうですが。
K:あ、知り合いなの?彼らはすごく楽しかったよ。意識すること・・・秘訣みたいな?(笑)それは多分それぞれのアーティストと作品をリスペクトすることだね。彼らのやってることは、なじみがあって、こんな風になるかな~って期待してたことをやってきてくれた。制作の途中で大体何を描きたいかが決まって、ボクも自分がやりたいことが分かってて、彼も自分が何をやりたいのか大体分かってた。いくつかスケッチも見せてくれて、それに対してボクも「じゃぁ、君はこのアングルから行くんだね」って確認しあった。あと大事なのは最初に色を決めたこと。そのときあった色を大体使ったら、色を決めるのも結構スムーズにいって、とにかくボクは色の配置に気を配ったかな。あのミューラルのライトグリーンとかをやって、彼らはもっと青系を使ってた。ボクが思うに、作業中も当然お互いのやってることに気を配って、作品がどういう方向に向かってるかを確認することだね。彼がワイヤーを描いてた時はボクはそれが輝くように下に淡い色をいれる配慮をするし、あとはコミュニケーションと本当にお互いの仕事に対するリスペクトだね。あとエゴとか、そんなものはどっかに捨ててきた方がいい。だってボク個人よりも彼らよりも、1番大事なことは3人で、この壁で、ケレタロの大学のためにミューラルをやってるってことだったから。そういうことだった。学校側から何かかっこいいのを作ってくれって頼まれて、しかもエンジニアの学部だった。ボクらも技術的だから、「オッケー、やろう」ってなって、それであの壁を提供してくれて、一緒に組んでやったよ。

ーじゃぁそのプロジェクトはケレタロ大学がオーガナイズしたんですね?
K:「ボード・ドリッパー」って呼ばれる女の人がいて、もう長年こういうことをやってる彼女たちがオーガナイズした。でも国外からアーティストを迎えたのは初めてみたいだね。彼女がオーガナイズしてくれて、それで『あなたたちで一緒に制作してもらいたい』って言われて、壁を用意してくれて、ボクは「オッケー」って感じだった。だからすごくやりやすかったし、こういうふうにアーティストとコラボできるのはすごく良い、特にペアになるアーティストのことを知ってて、しかも彼らのやってることが気に入ったらなおさら。あまり好きじゃないスタイルの人と一緒に描くのはあまり楽しいことじゃないからね。もちろん最善は尽くすけど。今回の場合は彼らのスタイルが本当に好きだったからすごく良かったし、しかも彼らはまだ若いのにすごいことやってる。ボクはもう古株だけど、じゃあ、面白そうだからやろっかって。年齢とか、誰が何年間、何をやってたかなんて別に関係ないよね、お互いのやってることをちゃんと評価して、一緒に良いものを作ろうって。いろんな人も集まって見てたし、ボクらも見てた。あとはみんながどう思ってくれるかだね。

ーあのミューラルはどのくらい時間かかったんですか?
K:2日間ぐらいかかったね。足場をとるのが難しかったよ。全体的に高さがあったし。足場に気をつけなきゃいけなかった。2日間と半日しか時間がなかったからね、でも彼らは仕事がすごい早いんだよ、すごく早くてボクはそれがすごく助かった。何をやってるかが瞬時に分かるからすごく良かったよ。ボクも早いから、効率よく仕事できるし、1日でこんなにできちゃったって思って。素晴らしいね。

ーアーティストとしての彼らを以前からご存知でしたか?
K:いや、あの時に初めて会った。でも多分最初に彼のポスターを見たよ。あの解体された頭蓋骨とか、確かタンブラーで。で彼がショーに出るっていうのを数ヶ月前くらいに知って、それでこのプロジェクトのことを見直してるときに、あぁ彼だったのかって。他にもカッコいいアーティストはいっぱいいたけど、彼と仕事するのが1番面白そうだなって思ったよ。

ーあなたのスタイルはとても個性がありますね。抽象的な物や計算された美しい幾何学模様など、本当に素敵です。そのスタイルはどうやって生まれたのですか?
K:抽象的アートっていうのは、普通は何かを抽象化するところから来てるんだ。抽象化する対象が何なのか、もともと何だったのか。ボクの場合は正統派のグラフィティのレタリングじゃなかったから、だからその文字を形にしたり変形させたりそれをとにかく続けてて、そうやって一貫性を持ってやってると何が分かるかって言うとますますいろんなことが見えてくる。それで文字を変形させることにどんどんハマっていったんだ。それがちょうど90〜93、95年代のことで、ピースを中心にやってた。グラフィティの種類もたくさんあって、ある人たちはハード・コアなボムばっかりのやつらだけど、それにはあまり惹かれなかった。そこまでオール・シティになりたくなくて、それよりもスプレー缶自体に興味があった。缶をどういうふうにコントロールするとか、そういうことを知りたかった。だからクルーと一緒に活動しても、文字をやって背景を塗って、名前も描けたらラッキーだった。だから最初はボムとかも多かったけど、ある時から責任とかの話が出てきてスローダウンしちゃった。失うものよりリスクの方が大きくなっていった。さっきちょっと言った、ボクがイリーガルでやってるフリーハンドの円も、また別もの。でも結局ボクはとにかく形やフォルムやバランスに夢中で、常に個人的にもそうだし、アート面に関してもそう。だからそれが発展するのに少し時間かかったけど、今はいろいろ自由自在に変えられる。基本的な形もやるし、どういう風に配置するかで、何通りの組み合わせ方もできるから、アイディアがつきることはない。ようするにボクは昔の文字とかを変形させて抽象化してるんだ。昔よりたくさん道具も使うし、たくさんの円や形や三角とかいろいろシンプルだけど、それを組み合わせてる。

ー色の組み合わせはどういう風に決めるんですか?
K:今ここでやってるやつが、いつもよりカラフルなのは、この仕事のコンセプトに合わせたから。これは彼らのショールームのためのミューラルだから、とにかく色で楽しんでるよ。家ではカラフルな作品も作るけど、壁には普段こんなに色は使わないかな。でもこのスプレー、この’94シリーズは本当に最高だね。本当に満足してる。東京のMONTANA SHOPはほぼ全色揃ってるし、ボクが大好きな色が揃ってるからいい仕事ができるって確信してたよ。このスプレーの耐久性も最高で、それも楽しんでる。ボクはMONTANAがいいね。Ironlakはあまり好きじゃない、前のHARDCOREもあまり光沢があって好きじゃなくて、マットなスプレーが好き。ドイツ製のMONTANAだとすぐ詰まっちゃって、他にもトラブルがあった。Ironlakはにおいが好きじゃない。94のカラーバリエがやっぱり一番のお気に入りだな。いつも最高の質。新しい色が出てて、この紫とか今まで使ったことないな。だからこのミューラルは「オッケー、普段通りのことをやるけど今回はこんなにも新色を使えるんだ」って楽しんでるよ。

ーあのスポンジを使った裏技はいつからやってるんですか?
K:あれ見たの?そう、さっきも言ったみたいにスタジオでの制作もやってるから、その中で色んなことを試すんだよ。それでふと「あ、これ壁でやってみたら面白いんじゃないかな」と思って試してみたわけ。いつからかは覚えてないけど、いろんなやり方でやってみたりして、それで経験から今は1番しっくりくるやり方でやってる。まずボロ布をとって、説明が難しいんだけど、ハウスペイントとかラテックス塗料で作る薄いレイヤーが下にあるんだ。そこでスプレーと水が入った霧吹きみたいなのを用意して、すぐひと吹きする。そうするとスプレー缶のスプレーはちゃんと付着してないから、ボロ布をまた手に持って、それにアクリルを少しつける。今回使ったのは明るいオレンジ。ちょうどこんな色だね。それをボロ布につけて、壁をぬぐうと、くすんだ色が後退して、もともとあったドライなハウスペイントのレイヤーに付着するから、それでスプレーも一緒にぬぐう。後でやって見せるよ。でも実はボクの塗り方はすごく完璧主義なんだ。シャープな線で使って全部を作り上げようとしてる。後からファット・キャップでフリーハンドでいろんな線を付け足して、バランスを作り出してる。テープを使ってキレイにまとめたり、缶とかツールとかを使ったり、いろいろ楽しんでやってるよ。ファット・キャップで思いっきりスプレーしたりすれば、残り少なくなった缶も使いきれるし。屋根用タールなんかも作品に試してみた。そうやって実験して、楽しんでドンドン変えて、っていうのがほんとに好きなんだ。だってその時点で誰でも絵は描けるけど、それをさらに次のステップまで持って行って新しいものを付け足したりすると印象も変わるし、グラフィティ・ピースじゃなくなる。スプレーで作った作品がアート作品になっていく。そういうもんだと思う。技術は好きだよ、楽しいしね。

ーアーティストとして常に新しいことにチャレンジすることや、いろんなことを試して技術を磨くのは大事ですよね
K:メキシコの彼らも、自分たちのスプレーを混ぜて使ってたよ。実際やってるのを見て、すごくびっくりした。みんないろんな技を持ってる。だから彼らのやってたことに興味があった。ボクが知ってるやり方を教えて、逆に彼らのスプレーを混ぜるやり方も教えてもらった。ボクは缶と缶で直接混ぜる。それで彼らを見てたんだけど、圧力を下げたやり方もやってた。ペンキが下の方にたまってくると圧力を下げて、ミックスする時にもペンキと圧力が多いからCo2量も変わる。圧力を殺して缶を潰すんだ。ボクもそのやり方は好きで、ちょっと似てたし、それも分かって面白かった。そうやって自分の作品を次のステップに持ってく器量をつける。缶もツールだから。長い間、絵を描いてきたから、自分の中で「どのツールで、どういう風に使って、操作するのか」っていうを分かってなきゃいけない。圧力のこともそうで、エル・マックっていう肖像画とかをやる友達がいるんだけど、彼は自分の缶を氷で冷やして、その知識/技術は彼がやりたいことをやるために必須なことなんだ。どういう風に道具を使って楽しむか。あとテープに関して言うと、もうボクも20年くらいやってきてる。ペンキは6年ぐらい。それで時々テープは好きじゃないって言うアーティストもいて、テープとかに頼らないで自分の手でやるべきだって人もいるけど、ボクはやろうと思えば全くのフリーハンドで直線を引ける。でもツールを使ってこそ得られるエフェクトも好きなんだ。それがボクのやりたいことで、必要性を感じるからやってる。

ー20年前のアメリカンライターたちはKrylonを使っていたと思いますが、最近はどのレーベルが主流ですか?グラフィティ・シーンにも様々な種類のスプレーが登場したことで何が変わりましたか?
K:使ってるスプレーがアメリカのだろうとヨーロッパのだろうと、描いてるものは一緒だと思う。でもカラーバリエは確実に増えた。選択肢も増えた。昔は手に入るものが限られてたから、手に入るものだけを使ってた。KrylonもRustoleumも種類がなくて、Painters touch はもうちょっと多かった。でもそのうちヨーロッパのスプレーは赤だけでたくさん種類があって、黒もたくさんあって、その前まで赤なんて2択だったのに。それが98年、2000年頃とか10年くらい前からアメリカにも流通し始めて、それで結構変わったんだよね。だから今アメリカで使ってるスプレーのほとんどはヨーロッパから輸入されてるものだと思う。でもちょっと残念なのはKrylonだって売り上げを3倍、4倍以上にできたと思うのに、いつもグラフィティからは一線をおいてたから取り残されちゃった感じだね。大抵のアメリカン・レーベルはグラフィティとは無縁でいたかったみたいで、そのためにノズルまで変えちゃったんだよ。全部台無しにしちゃって、それで、グラフィック面も質が落ちて、缶も昔はちゃんと印刷されてたのに今ではラッピング・ペーパーみたいなのがまいてあってすごくダサイ。Krylonでまだ使ってるスプレーは1つだけで、それはあまり変わってないんだけどボクの気に入ってる色の1つだから、それだけ製造中止になる前に買ったりしてる。でも今は大体みんな輸入されたヨーロッパのを使ってるよ、だってその方が明らかにクオリティーが高いから。みんないい作品を作りたいしね。ごくまれにRustoleumとかを使ってる人たちもいる。Rustoleumは電車とか金属とかと相性が良いんだけど、それでもやっぱりヨーロッパのスプレーを使ってるやつがほとんどだね。むしろ、もうそれが普通になってきた。アメリカ製のは、それに比べて追いつけてないね。悲しいことだけど、でもノスタルジックな気分にしてくれる。だからKrylonって言うとボクは初期のKrylonを思い出すよ。それがまだボクたちにとっては感傷に浸っちゃうね。面白いのはアメリカ以外の人たちはみんな「Krylon!!いいねー」って言うよね、例えば80年代の頃のビデオとかに出てくる。でもそれだけだ。ペンキの質もにおいも悪くなかったけど。でも今はもう誰もあまり気にしないかな。それが残念だ。もう昔とは明らかに違うクオリティーだから。あとはアメリカ国内であるCo2生産量の問題とか、オゾンに影響しちゃうからって今いろいろ取り上げられてる。おばあちゃんの庭のベンチを塗り替えるくらいならいいけど、それくらいかな。でも古い缶は今だに集めてるよ。アメリカでステーツ・セールっていうのがあるんだけど、家主とか、誰かが亡くなると家中の物を全部売らなきゃいけならない。だから全部売られるかオークションにかけられる。だからボクはガレージを開放してやるようなステーツ・セールに行って、古いKrylonとかRustoleumとか、古い道具とか画材を探してきて集めてる。もう使えないものもあるけど、持ってるだけでノスタルジックな気持ちにさせてくれるんだ。友達と交換したりもする。だからKrylonを買うのはそういう古いのを見つけたとき。そのクラシック・アメリカンのスタイルに浸るために。今出てるのとは全然違う。ボクも昔はアメリカのばっかり使ってたけどね。KrylonとかRustoleumの色が、ボクにとっての基準だった。だからその新しく入ってきたスプレーにみんなが移行するとき、ボクもちょうどその世代でそれを目の当たりにしたよ。インターネットに関してもそうだね。インターネットが普及し始めた頃、35mmからデジタルに移行してから全部変わった。だからこういうノスタルジックな気持ちになってた。

ー2013年はどんな予定がありますか?もし世界が明日で終わらなければの話ですが(笑)*このインタビューは昨年の年末に行われた為このようなニュアンスになりました
K:もし明日が最後だったらボクも日本で過ごすんだね。そうか、あと2日かぁ。まぁ、何年か前の自分と約束したのはもっと旅行するってこと。今年もいろんな土地へ行ったよ。想像してたよりもずっと。最後に日本にも来れた。来年も同じようになるといいけど、でも旅行が多いと当然スタジオにいられる時間が減る。だから来年は今年ほど旅行は多くなくていいけど、もっとスタジオでの制作もがんばりたいね。今度、本を出すんだけど、10年間のエキシビションの作品をまとめたもので、ホームページにも詳しくのせてる。White Walls Galleryで9月に個展も開くし、大体同じことをやるかな。展示と旅行と。あともちろん、もっと作品を作って、keep drafting! 

ー日本人アーティスト達に向けて何かメッセージはありますか?壁事情についてなど。
K:ここではあまりパブリックなアートイベントはないよね。セレブとか芸能人に近いアーティストなら別だけど、もしかしたらそれが近道かもね、J-POPアーティストとのコラボミューラル(笑)。このデジタル時代、壁の写真を撮ってフォトショップで絵を書き込んで上手く加工すれば本物と思えるほど似せて作ることはできるよね。それをiPadに入れて、壁の許可を取りに行ったり。何回かやったことあるよ。その場所に行って、写真撮って、加工して話しに行って「これは無料でやってるんです。こんなことができますよ」って伝えると「なに?」って興味持ってくれる。実際グラフィティの文字ばっかりのやつだとこういうふうに壁の許可もらうのはすごく難しい。もしそこが1度も塗られたことがないのなら、なおさら。もし1度塗られた壁ならまだチャンスはあるかもね。もしボクがここでやるとしたらグレーベースで、周りの環境や雰囲気を見て、茶色とかグレーとか、クリームもちょっと入れた感じの壁だったら周りともなじむと思うよ。この辺でよく見かけるおばあちゃんがいるんだけど、彼女が気に入ってくれるかどうかだけ心配するね。アーティストは絵が描きたいからみんな絵を描くけど、周りの環境のことも配慮しないといけないのは鉄則だ。それが問題なんじゃないかな。はじめる時点で「周りの物や住人の気分を害するようなことはしません」っていう思いやり。そういうアプローチが大事だと思うし、そういうものだ。それが1つのアプローチの仕方で、あとは自分が今までやってきたことをまとめて見せてみるとか、かかる予算も見積もってどれくらいペンキがかかるとか。それもいいと思う。今までやったミューラルがあるならもちろんそれを見せた方がいいと思うし、それをちゃんとプロ意識でビジネスライクにやれば次に繋がるんじゃないかな。両手に缶持ってるグラフィティ少年が「ミューラルやらせてくれ」って言ったってムリ。でもそういう風にプロフェッショナルなアプローチ法もちゃんとあって、自分が壁を使うことで、相手にどう得になるかっていうのをちゃんと考えていかないと。絵を描きたいのは分かるけど、それを壁の所有者が受けいれる理由はどこにあるのか。もしミューラルが完成して周りからの反応も良いと、所有者も認めてくれたりするかもね。LAでミューラルがとても盛んなのは、向こうで何人かの若い人たちが財産所有に関わってるからなんだ。内部事情を知ってるから強い。建て壊される建物とかを知ってるから、そこへアーティストを呼んで絵を描いてもらってたんだ。前に駐車場だった所が、DabsとかMylaとかHerakut達によって塗り替えられたんだけど、取り壊されるまであと2ヶ月きったかな。でも彼らは実際にそれを1回達成して、その反応で手応えを感じたんだ。「Hera, インスタグラムで5000人のフォロワーがついたよ」とかっていうふうにね。あとはいろんなミューラルプロジェクトをタグ付けしてくれて、それがはじまりだった。みんなここに来て東京にある数少ないミューラルの写真を撮って、君たちはここでそれをどんどん始めて、広めて行くのがいいと思うよ。今回のこのプロジェクトも森ビルと関わってるから彼らのスペースだけど、ボクの作品は消化されやすいと思うからいろいろ自由にやらせてくれてるよ。このへんの建築家の人たちもこれを見て「おお、いいね」って、形とか建築に影響受けてるから興味もってくれてたよ。だからこうやってどんどん壁が出てきて、じゃあ次はどうなるんだ?ってなる。また形が変わって何らかの変化が遂げられたらいいけど、それはまだ分からない。でもパネルとかで、それを壁にネジでくっつけてもいいんじゃない?(笑)。「壁に絵を描くんじゃなくて、ねじでとめておけ」ってね。

ーすごく貴重な情報ありがとうございます。壁にドリルでなんて、ホントに日本くらいですね(笑)
K:ここでは権利持ってる人は普通の人じゃないのかもね。この辺の家とか、どうなんだろう。どういう規定があるのか知らないけど、もしミューラルが商業看板として機能するんだったら、LAと同じようなこともあるのかもしれないけど、分からない。ここでも大きいミューラルを見てみたいけどね。大きいクレーンもあるんだろうし。正直言うと、ここは本当に大好きな場所の1つなんだ。ボクの作品からも分かると思うけど、コンパクトにまとめられた形やフォルムがあって、こんな風な狭い路地裏を見てるだけで衝撃を受けるよ。君らにとっては普通の日常なんだろうけど、ボクにとってはすごいことだよ。この景色とあのフェンスとあの建物。こういうものはLAでは見られない。大好きなんだ、あそこに住めるんだったら住みたいくらいだね、ただボクのサイズに合わせてくれれば。この辺に生えてる小さい草花何かも美しいと思うね。

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