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ストリートブランドがあるべき<br />多くのベースを生み出し進化する<br />XLARGE® が伝える6のこと
UPDATE: 2018.04.25

ストリートブランドがあるべき
多くのベースを生み出し進化する
XLARGE® が伝える6のこと

セレクトショップのオリジナルブランドとして1991年に誕生し、もはや知らない人を探す方が困難とも言える、ビッグブランドへと成長を遂げた〈XLARGE®〉 他ブランドとのコラボを実現させたり、アーティストと二人三脚でブランドを表現したり、今では当たり前となっているが、ストリートブランドにとって大切な価値観を 根付かせたのは、XLARGE®と言っても過言ではないだろう。90年代から最先端で発信していた、6つのテーマから魅力を紐解いていこう。

 

1_XLARGE® STORE

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“視点を変えた提案で、セレクトショップの原点に”

1991年の誕生とともに、<XLARGE®︎>はハリウッドの東地区、ロスフェリッツにショップを構える。しかし、店内に並ぶオリジナルアイテムは、Tシャツやキャップが極小ロットのみ。主力商品はというと、やといったワークブランドに加え、やなどのスニーカーがラインナップ。これだけ聞くとごく当たり前の品揃えだが、当時のワークウエアといえば治安の悪い工業エリアの専門店で販売されていた、まさにブルーカラーのための作業着。それをヒップなエリアとして知られるロスフェリッツの洋服店で扱うことで、ファッションアイテムとして昇華させたのだ。さらに、長期間倉庫に置かれていた売れ残りの商品にも目をつけ、デットストックとして付加価値を付けたのもこのお店がオリジナル。90年代からいまも続く“セレクトショップ”の原型モデルは、ここから始まったといっても過言ではない。そして、この目新しいコンセプトのショップは、HIPHOP好きの高感度なキッズらの目に止まり、彼らが足繁く通うことでXLARGE®︎の知名度は、瞬く間に全米中のストリートヘッズの間に浸透し、OGロゴのグラフィックがストリートのニュースタンダードとなった。XLARGE®︎飛躍の要因は、なにもアイコンだったマイクDの存在だけではない。この全く新しいショップ形態も大きな原動力のひとつなのだ。

2_T-SHIRT LABEL

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“Tシャツはアイデンティティを示す、アートの一部”

過去にとある裏原カルチャーのアイコンが『俺たちにとってプリントTは名刺代わり』と語った。その名言が物語る通り、ブランドが毎シーズン手がけるグラフィックTシャツには、作り手の世界観が色濃く宿り、そこに共鳴したキッズがTシャツを身に付けることは、自身のアイデンティティを表現することにも繋がる。それほど、ストリートブランドとグラフィックTシャツの関係は強くて深い。ただ、Tシャツのグラフィックに力を注ぐブランドは数あれど、首元に施されるブランドタグにまでこだわりを持つブランドは少ないのではないだろうか。XLARGE®︎は1998年頃から“タグもアートの一部”と考え、上(XLARGE®︎の25周年ヒストリーブック)で紹介するようにさまざまなバリエーションを考案し続けている。コスト面などの問題を考えれば、少しは妥協してもいいように思える細かなディテールワークだけど、こういった人の目が届きにくい細部にまで、一切の妥協なくアイデンティティを注ぐ取り組みからも、ブランドの物作りに対する情熱を感じずにはいられない。

3_X-Fuct

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“ブランド同士の共鳴が、新たな時代を切り開く”

瞬く間に人気ブランドへと成長し、1992年に東京ストア、1994年にはNYストアがオープン。その勢いは全く衰えることなく、NYストアオープンの年には、サンフランシスコやシカゴ、オレゴン・ポートランドにシアトルと、次から次にディストリビューターが増え、ビジネス的にも大成功を収めたXLARGE®︎。そして、この1994年にひとつのターニングポイントを迎える。ここで登場するのが、1990年に誕生した人気ストリートブランドの〈FUCT〉だ。グラフィックアーティストのスリックとエリック・ブルネッティが立ち上げた同ブランドは、スリックがイライに自身のブランドを売り込み、彼らのグラフィックセンスに共鳴したことで、XLARGE®︎のショップにセレクトされることとなる。そして、その後すぐにコラボレーションショップの〈X-Fuct〉がハリウッドに誕生。LAシーンの注目株だった2トップの共演は、さらにエクスクルーシブさを高め、高感度なヘッズらの注目の的に。まさに、2つ以上のブランドが共作することで新しい価値観を生み出す“コラボレート”の概念が生まれた瞬間だ。その後日本でも同時多発的に“Wネーム”の概念が芽生え、ストリートファッションが産み出した真骨頂として、脈々といまもシーンに受け継がれているのだ。

4_BILLY VALDES

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“HIPHOPとスケートの共存は、イケてるブランドの証”

ストリートブランドである条件をここでわざわざ説明するのも少し野暮な話だが、改めて定義付けしておきたい。音楽やスケート、グラフィティなどのカルチャーが背景に備わっていて、その2つ以上がリンクしていること。少し大げさに言ってしまえば、そういった文化自体が主役で、ストリートファッションはその副産物として生まれたものにすぎない。“マイクDが始めたブランド”として浸透していったXLARGE®︎は、ルーズフィットのバギーパンツを好むB-ボーイたちから絶大な支持を得ていたことは言うまでもない。そしてブランドの初期に、プロスケーターのビリー・バルデスが若手スタッフとして加入したことも大きな要因。ブランドのバックボーンにスケートボードの要素が加わったことで、HIPHOPとスケートボードが融合した、より強力な個性を放つプロダクトを提案し続けているからだ。現にこの頃からショップには、B ボーイだけでなくスケーターも足繁く通い、街で遊ぶヘッズたちの情報交換の場としても機能していた。

4_SPAIKE JONZE

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“ジャンルを交差し、人とジョイントする”

ブランドを大きくしたのはマイクDの存在がかなり大きいが、他にも多くの豪華すぎる交友関係がある。FUCTのスリックやエリック・ブルネッティに始まり、ミスター・カートゥーン、エリック・ヘイズと、コラボレートしたりと、盟友は枚挙にいとまがない。フォトグラファーのリッキー・パウエルもそうだし、日本人だと村上隆。もちろん、左ページで登場するキム・ゴードンやソフィア・コッポラ、マイク・ミルズにクロエ・セヴィニーだって欠かせないキーマンたち。そして忘れてはならないのが、ビースティー・ボーイズやソニックユースのPVも手がける名映画監督、スパイク・ジョーンズの存在。XLARGE®︎が誕生してまだ間もない1992年頃(スパイクは23歳前後)に親交を深め、数多くの広告撮影を担当した。ここで一番大切なのは、それぞれのアーティストがその道を極め、世の中で名前が売れた後に繋がったのではなく、まだ駆け出しの頃にその才能を認め合いジョイントし、ともに成長していった過程ではないだろうか。“類は類を呼び友は友を呼ぶ”。リスペクトしあえるアーティストとの共存が、ブランドの可能性を広げてくれるのだ。

6_X-girl

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“ストリートブランドに、女性の価値観もプラス”

ノイズパンクの雄として、全米シーンで圧倒的な存在感を放っていたNYのバンド、ソニックユース。そのフロントマンを務めるキム・ゴードンは、ストリートを力強く生き抜く女性像として、多くのガールズから圧倒的な支持を得ていた。そんな彼女をクリエイティブディレクターに迎え入れ、1994年にXLARGE®︎から派生した、女性ストリートブランドの〈X-girl〉が誕生。キムが思い描く“本当に着たい服=リアルクローズ”の世界観を、映像作家でグラフィックデザイナーのマイク・ミルズが具現化するプロダクトが展開された。そして、ソーホーのラファイエットストリートにオープンした、X-girlの旗艦店のストーリーにもここでは少し触れたい。映画監督のソフィア・コッポラが手がけたオープニングパーティでは、ショップ前の路上でゲリラ的ショーを開催。大盛況だった当日の模様を多くのメディアが報じ、同店の存在はたちまち話題となった。そして話題は海を越えた1995年のここ日本に変わる。原宿ラフォーレに日本初となるX-girlの旗艦店がオープンし、街にはビッグサイズの白Tやパーカ、そして黒のスキニーを身にまとったX-ガールズたちで溢れかえり、社会現象になるほどの一大ブームが巻き起こった。現在では当たり前の“ガールズ・ストリート・ファッション”のルーツは間違いなく、この頃のX-girlが作り上げた功績だ。

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