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U.S.ユースカルチャーの代名詞がスケートボードとHIPHOPだ〈前編〉
UPDATE: 2017.04.06

U.S.ユースカルチャーの代名詞がスケートボードとHIPHOPだ〈前編〉

ほとんどのストリートカルチャーはU.S.が生んだものと言っても過言ではないけど、その中でもスケートとHIPHOPはU.S.のユースカルチャーの代名詞だ。1970年代に誕生した2つのカルチャーは自由で常に時代の先を切り取り続けている。発売中のOllie04月号から、90年代にLAに住みリアルな現場を知る竹村卓氏の言葉と共にU.S.における2つのカルチャーの継承される歴史を紐解いたスペシャルコラムをお届けしよう。

 

text Taku Takemura illustration Takuya Kamioka

 

 

竹村 卓

1973年東京都出身。21歳で渡米しさまざまな雑誌やコーディネイターとして活躍。帰国後は編集者として執筆や広告制作を手がけながらエブリデイスケーターから、サンデースケーターとしてほどほどに活動中。無類のタイヤとエンジン好き。

 

街を遊び場とする悪ガキの最高の自己表現の手段

 

スケートボードとHIPHOP。スケートボードにも乗るし、HIPHOPも聴くからつとも親しみやすいものごとだけれど、この2つの共通点について考えたこともなかった。最近タイラー・ザ・クリエイターやリル・ウェインたちがスケートボードを楽しむラッパーっていう感じのイメージにあるのかもしれないけれど、 それでも僕にとってその2つのことをリンクさせて考えることはなかった。両方のカルチャーが好きな僕にとってスケーターの感覚はとても近いけれど、ラッパーやHIPHOPの感性は僕にはない感覚で憧れでしかかないものだった。そんな中でもこの2つを同時に考えてすぐに思い浮かべることができるのはビースティ・ボーイズ。この悪ガキ3人組はニューヨーク出身でハードコアパンクバンドとして活動をスタート。プロデューサーのリック・ルービンと出会いHIPHOPグループとして「ライセンス・トゥ・イル」を発表し、いきなり全米1位となる。当時のプロモーションビデオの中にもスケートボードが出てくることがあったし、 特にアドロックのズルりとジーンズを落として履くスタイルは、当時のスケーターのスタイルをイメージさせるところがあった。実際にX-LARGE®のブランドにも関わりアメリカでのインディペンデントブランドの草分け的存在にもなっ たSupremeなど、スケーターはもちろんHIPHOPアーティストたちもが愛用するブランドにも影響を与えていると思う。X-LARGE®で働いたこともあるポール・タカハシ氏は「マーク・ゴンザレスが同じ時期、ロサンゼルスのギャングたちのようなルーズなファッションをスケートファッションに持ち込んだんだよ」と話してくれたのを思い出す。ゴンズはサウスゲートというロサンゼルスのイーストサイドの出身で、このあたりはメキシカンギャングが多いことでも有名な街だ。

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Lil Wayne

全身刺青でお馴染みのラッパーのリル・ウェインは、音楽だけでなくスケート好きとしても有名だ。スケート練習のために活動休止したりライブ終了後に9針縫う怪我をするだけでなく、自身のスケート動画をYouTubeにあげるほどなので、気になる方はチェックを。

 

 

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Tyler, the Creator

近年のスケート&HIPHOPを象徴するのがOFWGKTAのリーダーであり、ラッパーのタイラー・ザ・クリエイターだ。HIPHOPクルーでスケーターも数多く在籍する彼らの影響力は、U.S.だけでなく日本でも絶大なモノ。LAらしいポップさとシニカルさがMIXした世界観は唯一無二だ。

 

 

 

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SHAWN POWERS

パレス・スケートに所属する人気スケーターのショーン・パワーズ。アレックス・オルソンが手がけるknow waveとの親交やHIPHOPグループのRATKINGのメンバーであるウィキとルームシェアをするなど、スケーターでありながらHIPHOPコミュニティとの親和性も高い存在だ。

 

 

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RATKING

Wiki、Hak、Sporting Life、Tsaiah Barrの4人からなるNY発のラットキング。スケーターのアレックス・オルソンとNYのドンことエーロン・ボンダロフによるネットラジオ Know Waveと親交が深く、現在のスケートシーンと最も近い距離にいて黒いヴァイブス&ビートを放つHIPHOPグループだ。

 

 

アングラなイメージが2つに共通するキーワード

 

ビースティ・ボーイズのメンバーがニューヨークからロサンゼルスに活動拠点を移し作ったアルバム『Check Your  Head』。そのアルバムに収録されていた「Time For Livin’」(この曲はハードコアっぽいけど)では、がっつりとスケートビデオのフッテージが使われている。粗い画像を凝視すると、マイク・キャロルかなー? 他のPVでも当時スケートビデオの機材として定番だったHi-8に、フィルマーたちがこぞって愛用していた画面の周りがケラレてしまうフィッシュアイレンズを使ったPVも多くあった。そのアングルや使い方は紛れもなくスケートビデオにインスパイアされているに違いない! スケートビデオの傑作といわれている『VIDEO DAYS』を作ったスパイク・ジョーンズが、彼らの代表曲「サボタージュ」のPVも作っているし!(聞いた話だとGirl SkateboardsはシルバーレイクにあったX-LARGE®の店舗内の事務所で始まったとか!)。ロサンゼルスに住んでいる間にメンバーたちはDIYで作ったスタジオ内にバスケットゴールを設置して、そこでバスケやスケートボードに乗って遊んだりしていた。それから自分たちと仲間たちのレコードレーベルであるグランドロイヤルを立ち上げ、さらに雑誌グランドロイヤルマガジンを出版。その活動を音楽にとどめずに自分たちでさまざまな試みをしている姿勢がとてもスケーターっぽかった。僕の中ではHIPHOPとスケートボードの数少ない共通言語を持っていたのがビースティ・ボーイズだったんだと思う。そして彼らは常にストリートにいたし、全米1位になったにもかかわらず彼らがやっていたことはアンダーグラウンドに近いことだった。そう考えていくと「ストリート」と「アンダーグラウンド」 という言葉こそがHIPHOPとスケートボードの共通点ではないかなと感じ始めている。

beastie

BEASTIE BOYS

マイク・D、アドロック、MCA(※2012年に他界。RIP)によるストリートの歴史を語る上で絶対に欠かせないビースティ・ボーイズ。ハードコア・パンクからラップへと移行し音楽のジャンルの壁をぶっ壊しただけでなく、ファッションやサブカルチャーへ与えた影響も計り知れない。

 

spike

SPIKE JONES

1980年代にフォトグラファーとして活躍し、 1992年よりビョークにファーサイド、ビースティ・ボーイズなどのさまざまなアーティストのMVの監督を担当。スケートカンパニーのGIRLの共同経営者としても知られ、ストリートをネクストレベルへ押し上げるクリエイターだ。

 

 

後編はこちら“U.S.ユースカルチャーの代名詞がスケートボードとHIPHOPだ〈後編〉”

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