NEWS

U.S.ユースカルチャーの代名詞がスケートボードとHIPHOPだ〈後編〉
UPDATE: 2017.04.06

U.S.ユースカルチャーの代名詞がスケートボードとHIPHOPだ〈後編〉

発売中の誌面より90年代にLAに住み、当時のリアルな現場を知る竹村卓氏によるスケートとHIPHOPの歴史と関係性を紐解いたスペシャルコラム後編を公開。当時を知らない現代のユースも、この2つのカルチャーの奥深さに気づくはず。ルーツを知って、さらにスケートもHIPHOPも楽しんでほしい。

 

text Taku Takemura illustration Takuya Kamioka

 

前編はこちら“U.S.ユースカルチャーの代名詞がスケートボードとHIPHOPだ〈前編〉”

 

 

竹村 卓

1973年東京都出身。21歳で渡米しさまざまな雑誌やコーディネイターとして活躍。帰国後は編集者として執筆や広告制作を手がけながらエブリデイスケーターから、サンデースケーターとしてほどほどに活動中。無類のタイヤとエンジン好き。

 

 

スケートビデオのBGMで刷り込まれる音楽の魅力

 

スケートボードの誕生は1970年代にアメリカ、カリフォルニア州で生まれたといわれている。サーファーたちが波のない時や海から上がって来たときに、サイドウォークで楽しめる遊び道具として誕生。ローラースケートのトラックとウィールを木の板に取り付けたものが始まりといわれていて、当時の鉄やクレイでできていた堅いウィールは、荒れたアスファルトの上を滑るとガタガタして小さな小石を踏んだだけでもギーッと引っかかり転んでしまうような物だった。そんな堅いウィールを付けた当時のスケートボードは危険でうまく乗りこなせる人も少なかった。「キャデラックウィール」という会社が新しい素材のウィールを発売して、スケートボードの歴史が大きく進化する。彼らが新しく開発したウレタン製のウィールは適度に柔らかく、荒れた路面でもグリップしながらなめらかに転がるようになり、スケートボードの上でいろいろな乗り方ができるようになった。ちょっと危険な乗り物から楽しい乗り物へ。多くの人たちにスケートボードが広まるきっかけとなる。サーファーがサイドウォークで楽しむ物からスケートボードというひとつのアクティビティとなり、フィギュアスケートのように乗り方の美しさを競う競技やスラロームを滑りタイムをはかる競技など、スケートボードの大会が開かれるようになる。今では基本中の基本といわれるトリック「オーリー」が誕生し、スケートボードの可能性はますます広がっていった。DOG TOWNと呼ばれていたカリフォルニアのベニスでは「Z-BOYS」と呼ばれるスケート集団がそれまでスポーツアクティビティだったスケートボードにラジカルなアティチュードを注入。スケートボードを生き方のひとつとして捉えるようになる。Z-BOYSのメンバーのひとりだったステーシー・ペラルタがその後、パウエルと共にスケートカンパニー「POWELL PERALTA」を設立。スティーブ・キャバレロ、マイク・マッギル、ロドニー・ミューレン、トニー・ホーク、ランス・マウンテン、トミー・ゲレロという、今でも語り継がれる一流スケーターたちを集めたスケート チーム「ボーンズ・ブリゲード」が世界中で注目され大人気となる。そのそうそうたるメンバー以外にもステイシーが制作したスケートボードのビデオが話題となった。当時そんなプロスケーターたちのトリックを観ることができたのは、雑誌に掲載された写真でしか見ることができなかった。ペラルタが制作した『The Bones Brigade Video Show』、『future primitive』、『Public Domain』、『ban this』、『The Search for Animal Chin』などを次々と発表。僕たちのように遠く日本に住むスケーターもそのVHSビデオを入手し、コピーさらにコピーしたような粗い画面に釘付けになって観ていた。憧れのスケーターたちの動く映像を観ることができたし、彼らの仕草や映像から観られるパーソナリティまでをも観察しまくっていた。さまざまなスケートカンパニーがビデオを制作するようになり、スケートビデオは業界でメジャーな物となった。そしてビデオで流れる音楽はまるでサブリミナルのように頭に入り込んできて、滑りと同様にとても重要な存在だった。

 

_DSC3355

70’s SKATEDECK

ローラースケートのトラックとウィールを木の板に取り付けたものが始まりとされる70年代のスケートデッキで、今で言うところのクルーズデッキ。ノーズやテールといった概念もなく、鉄やクレイで出来た堅いウィールに黎明期の時代を感じる。(special thanks_ LOCALS ONLY localsonly-tokyo.com)

 

_DSC3361

DOGTOWN

スケート発祥の地とされるサンタモニカのヴェニスビーチで産声をあげたスケートブランドのドッグタウン。ジェイ・アダムスやトニー・アルバ、トニー・ホークらによる12人で結成されたZ-BOYが生んだスタイルが今に続くスケートの原点を作った。(special thanks_LOCALS ONLY localsonly- tokyo.com)

 

_DSC3369PUBLIC DOMAIN

1988年にパウエル・ペラルタからリリースされ、数多くのスケーターが影響を受けた1枚として必ずタイトルがあがる色褪せない名作。レイ・バービーやマイク・ヴァレリー、スティーブ・サイズにフランキー・ヒルなどのパートは今観ても最高にクールだ。

 

_DSC3392411

1993年の夏にスタートし2008年までの15年もの間、世界中のあらゆるスケーターやスケートシーンを網羅することで、多くの人のバイブルとして影響を与えるビデオマガジン。日本人スケーターも数多く登場しているのでぜひチェックしてもらいたい。(special thanks_LOCALS ONLY localsonly- tokyo.com)

 

 

西海岸から東海岸へ 黒人が新たな価値観を生む

 

当時は特にテンポの速いアメリカンハードコア、パンク、そしてその流れからスケートロックと呼ばれるものまで、ビデオを通して多くの音楽と出会ってきた。スケートボードのビデオでHIPHOPが使われるようになったのはいつ頃からなのだろう? ビースティ・ボーイズを除いてスケートボード側から僕の中でHIPHOPを意識したスケートビデオといわれると、まず思い出すのがZOO YORKの『MIXTAPE』。スケートボードが生まれたカリフォルニアではなく、 HIPHOPが生まれたニューヨークのスケートカンパニーがリリースした作品だ。ハロルド・ハンターや黒人のスケーターも多く、大きめの服をザックリと着こなし、ワッサワッサしたその滑りは今までのスケートスタイルとは違っていた印象だった。東海岸の滑りはテクニックよりそのスタイルを意識した印象が強い。そんなスケートボードも2020年の東京オリンピックで正式競技となる。こうやってスケートボードの誕生から生い立ちをおさらいすると大出世だ。サイドウォークサーフィンと呼んでいた当時のサーファーたちが知ったら仰天なできごとだろう。

 

HALORDHUNTER
HAROLD HUNTER

レペゼンNYのZOO YORKの顔であり、俳優としてKIDSやMENACE II SOCIETYへの出演で知られるハロルド・ハンター。ZOO YORKが1997年にリリースした『MIXTAPE』がスケートとHIPHOPの繋がりをシーンに浸透させたと言っても過言ではない。残念ながらオーバードーズにより2006年に31歳で亡くなっている。

 

_10A0316

_DSC3368KIDS

1995年にラリー・クラークにより当時のストリート・キッズの堕落的な日常を映した映画であり、今なおユースカルチャーの代名詞的作品として人気を誇る。ハロルド・ハンターや今や人気女優となったクロエ・セヴィニーが出演していることでも知られている。

 

 

人種や年齢の壁を越えて 誰もが楽しめるカルチャー

 

オリンピックの正式競技になったスケートボードをただのスポーツとしてではなくカルチャーとして考えてみる。そうするとその成り立ちもHIPHOPと共通するところが見えてくる。70年代にブロンクスで生まれたHIPHOPはクラブやディスコへ行くお金のない人たちがターンテーブルを持ち出し、ブロックパーティーや公園で音楽をプレイしながら発展していった。アフリカンアメリカンの人たちがジャズやファンクなどのさまざまなジャンルのレコードからブレイクビーツだけをループさせてプレイしたり、そのビートにラップを重ねていったのが始まり。そんな音楽も今ではグラミー賞に当たり前にノミネートされるようになったし、人種に関係なくみんなが楽しむ音楽となった。このふたつの共通点は、どちらももともと存在するものから派生して誕生していること。 それが独特な視線や価値観で成長してみんなに受け入れられるようになっていったこと。スケートボードは本来泳ぐために作られたスイミングプールの水を抜き、丸い底をまるで波に見立てたかのようにして滑ったり、階段を降りるときに手を添えるハンドレールをスライドしてみたり、彼らならではの工夫で楽しんで表現するところがHIPHOPのサンプリングに似ているし、想像力をかき立てられるところが多くの人たちを魅了し続けているのではないだろうか。だからこそ、今でも僕たちの生活に密着しているのだ。メジャーとなり巨大化したこのふたつのできごとにいつの時代も若者が夢中なのは、スケートボードとHIPHOPにはストリートとかアンダーグラウンドという言葉を使い続けることができるからではないだろうか?

TAG:
MUSIC

SNS: