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スケートビデオから紐解くSKATEとHIPHOPの出会い -森田貴宏〈前編〉
UPDATE: 2017.03.29

スケートビデオから紐解くSKATEとHIPHOPの出会い -森田貴宏〈前編〉

SKATEとHIPHOP。ストリートから生まれ、ストリートを語る上で欠かせないこの2つの重要カルチャーにフィーチャーしているOllie04月号。ここでは発売中の誌面より、中野を拠点にスケーター、映像作家、デザイナー、そしてクルージングボードの制作を手がけるFESN laboratoryというラボを運営する森田貴宏氏のインタビューを公開。スケートビデオに造詣の深い氏ならではの視点で語られるスケートとHIPHOPの出会いなどを紐解いていこう。

photograph Teppei Hori
text Taku Takemura

 

 

2つのカルチャーの共通点は レペゼン=ローカリズム

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ビデオの中でスケートの音楽の比重は50 :50

 

̶肩書きを聞かれたら森田くんはなんて答えていますか?
森田(以下:M)スケーター。スケートボーダーって答えるね。

̶そのスケートボードを始めたきっかけは?

M:最近いろいろ思い出すんだけれど、光GENJIの後ろでバックダンサーをしていたのがSMAPだったの。彼らは踊りながらスケートボードに乗っていて、うちの小学校で大ブームになったの。そこにオレも安物のスケボーを買って便乗した感じ。その後中学に上がってから私立の学校へ行った友人がディスカウントストアで売っているヤツではない、ちゃんとしたアメリカ製のスケボーに乗って遊びに来た。デッキにちゃんとコンケーブが入っているやつ。ちなみにスケートビデオを初めて見たのもその時だったよ。パブリックドメインってビデオ。

̶初めてスケートビデオを観てどう感じましたか?

M:これだ! って思ったね。運動することには自信があったし、ビデオ内で使われてた音楽なんかにもハマった感じ。それこそ兄貴の影響で小学生の時から洋楽を聴いてオレは育ったの。当時はアルカトラズとかモトリークルーっていうようなハードロックを聴いてたんだけどね。80年代はハードロックがブームで、中学上がってブルーハーツと出会ってパンクを聴くようになったんだ。だから初めてスケートビデオを観た時は、映像といっしょに流れている音楽にやられたね。ピストルズ、ダムド、ラモーンズとかっていう初期パンクの感じではなくて、もう少し洗練された感じとでもいうのかな。今でいうメロコアのはしりのようなものがすでにその時使われてたからね。

̶スケートビデオに音楽ってとても重要ですよね。

M:50:50くらいの比重で大切だね。そのセンスってとても大きい。良いスケートの映像と良い音楽さえあれば小細工はなくても良いビデオになるから。

̶森田くんがスケートビデオを作るときはどうやって選曲している?

M:フィーリングとしか言いようがないね。オレのイメージをかき立てられるような。HIPHOPの場合だとプロデューサーがビートを作って、その曲に合うラッパーを選んでラップを録っていくでしょ。スケートビデオでも同じ感覚で、オレみたいなビデオを作る人間がいわゆるプロデューサーの役目。この曲にはこのスケーターのライディングを重ねて世界観を作るというような表現で。

̶ 森田くんはどんなスケーターが好き?

M:そいつが持つ独特の雰囲気とかスタイル。いわばその人間性に惹かれることが多いかな。独創性と熱意と執着心。とにかくオレは自分がそうだったように苦悩しながらも常に己と向き合って、静かに戦っているスケーターが好きだね。スケートは上手いか下手かよりもスケートが好きだという執着心が1番重要に思うよ。オレたちの時代は良くも悪くもインターネットがない時代だったから、欲しいモノは自分たちの方から 奪いに行かないとって時代だった。どんな情報にもアンテナ張って。だから結果的にオレの執着心を育ててたような。

̶ そうだね。当時はパブリックドメインのVHSも簡単に手に入らなかったしね。

M:物事を発展させるのに最も大切なことは執着心だと思うよ。それがないと発展しない。いくらスケートが上手くてもその執着心がないとそれ以上には進めないよ。才能と執着は別物なんだ。オレはスケートとビデオカメラだけで世界中を回って撮影してきた。いわばスケートに導かれた旅をして来た。 昔は映像作家とかデザイナーとか言ってしまった方が簡単に飯が食えそうだって思ってた時があったよ。でも、今となっては自分がやっている活動は全てスケートボードのおかげだってことがよくわかってる。だからオレの執着は自分がスケーターでスケートは最高なものだっていうことを広めることなの。

後編へ続く”スケートビデオから紐解くSKATEとHIPHOPの出会い -森田貴宏〈後編〉

FESN laboratory に並ぶ傑作スケートビデオを厳選ピックアップ

 

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Thrasher Sponsor Me!
スポンサーして!とタイトルが付けられたビデオ。プロになるために自分で撮影したビデオをそう呼んでいた。1994年リリース。

 

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Public Domain
1998年パウエルペラルタからリリースされた名作。 ステーシー自らが制作した作品の完成度はとても高く今日のスケートビデオに大きく影響を与えた。

 

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Underworld Element Skypager
当時メジャーな通信手段だったポケベルをアメリカではペイジャーと呼んでいた。ジュリアン・ストレンジャーからハロルド・ハンターまで。HIPHOPな作品。

 

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LIFEWORKS TAKAHIROMORITA 2012-2014
森田氏の代表作「43-26」と自身のライディングで国際スケートボード映画祭で準グランプリに輝いた映像などを収録した作品。

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SKATE

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